バイオマスナフサとは?3分でわかる基礎知識
バイオマスナフサとは、石油ではなく動植物由来の再生可能な資源(バイオマス)を原料として製造されたナフサのことです。廃食用油や植物油の残渣、製紙工程の副生成物であるトール油などから作られ、従来の石油由来ナフサと同等の品質を持ちながら、CO2排出量を大幅に削減できる次世代の化学原料として注目されています。
2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、化学業界では「脱プラスチック」ではなく「改プラスチック」という考え方が広まっています。プラスチックそのものをなくすのではなく、原料をバイオマス由来に切り替えることで、プラスチックの利便性を維持しながら環境負荷を低減するアプローチです。その中核を担うのがバイオマスナフサです。
この記事では、バイオマスナフサの基本的な仕組みから原料・製造方法、マスバランス方式やISCC認証の解説、主要企業の取り組み事例、市場動向と今後の展望まで、網羅的にわかりやすく解説します。
そもそもナフサとは?石油化学の基礎原料
バイオマスナフサを理解するためには、まず「ナフサ」が何かを知る必要があります。
ナフサとは、原油を蒸留して得られる炭素数5~10程度の炭化水素の混合物です。沸点がおよそ30~180℃の軽質な液体で、ガソリンの原料としても知られていますが、化学産業においてはさらに重要な役割を担っています。
ナフサは「ナフサクラッカー」と呼ばれる高温の熱分解装置に投入され、約800~900℃の高温で分解されます。この工程により、以下のような基礎化学品が生成されます。
- エチレン:ポリエチレン(PE)の原料。レジ袋やラップフィルムなどに使用
- プロピレン:ポリプロピレン(PP)の原料。自動車部品や食品容器に使用
- ブタジエン:合成ゴムの原料。タイヤなどに使用
- ベンゼン・トルエン・キシレン(BTX):各種化学品・樹脂の原料
つまり、ナフサは私たちの身の回りにあるプラスチック製品、化学繊維、塗料、接着剤、医薬品など、あらゆる石油化学製品の「出発点」となる原料です。日本では年間約4,000万トンのナフサが消費されており、そのほとんどが輸入に頼っています。
バイオマスナフサの原料と製造方法
バイオマスナフサの原料
バイオマスナフサの原料は、再生可能な動植物由来の油脂です。具体的には以下のようなものが使われています。
| 原料の種類 | 具体例 | 特徴 |
|---|---|---|
| 廃食用油 | レストランや食品工場で使用済みの植物油 | 廃棄物の有効活用。食料との競合なし |
| 植物油残渣 | パーム油精製時の残渣、大豆油かすなど | 食用に適さない部分を活用 |
| トール油 | 製紙工場のパルプ化工程で生じる副生成物 | 木材由来。森林資源の副産物 |
| 動物性油脂 | 食肉加工で生じる廃棄油脂 | 本来廃棄されるものを資源化 |
| 藻類油 | 微細藻類から抽出した油 | 食料との競合がなく将来性が高い |
ポイントは、これらの原料の多くが「元々捨てるはずだったもの」であることです。廃食用油や動物性油脂はそのままでは廃棄物ですが、バイオマスナフサの原料として活用することで循環型社会の実現に貢献します。
製造プロセスの流れ
バイオマスナフサの代表的な製造プロセスは以下の通りです。
- 原料の前処理:廃食用油や残渣油から不純物を除去し、水素化処理に適した状態にする
- 水素化処理(Hydrotreating):高温・高圧の条件下で水素を加え、油脂の分子構造を炭化水素に変換する。この工程で酸素が除去され、石油由来ナフサと同等の炭化水素が生成される
- 蒸留・分離:水素化処理で得られた生成物を蒸留し、ナフサ留分を分離する。同時にディーゼル留分やジェット燃料留分も得られる
- 品質調整:石油由来ナフサと混合可能な品質基準を満たすよう調整する
このようにして製造されたバイオマスナフサは、化学組成的には石油由来ナフサとほぼ同じです。そのため、既存のナフサクラッカーにそのまま投入でき、新たな設備投資なしに使用できるという大きなメリットがあります。
バイオマスナフサがカーボンニュートラルである理由
バイオマスナフサが環境に優しいとされる最大の理由は、「カーボンニュートラル」であることです。では、なぜカーボンニュートラルと言えるのでしょうか。
植物は成長過程で光合成を行い、大気中のCO2を吸収して炭素を体内に蓄えます。この植物由来の油脂からバイオマスナフサを製造し、最終的にプラスチック製品として使用・廃棄(焼却)された場合、排出されるCO2は元々植物が吸収したものです。
つまり、ライフサイクル全体で見ると、CO2の収支はプラスマイナスゼロ、すなわち「カーボンニュートラル」になります。
一方、石油由来のナフサは、数億年前の生物が地中に閉じ込められて化石燃料となったものです。これを掘り出して使うと、長期間地中に固定されていた炭素が大気中に放出されるため、CO2の純増につながります。
実際のCO2削減効果について、フィンランドのNeste社のデータでは、バイオマスナフサを使用することで、石油由来ナフサと比較してライフサイクル全体のCO2排出量を最大85%以上削減できるとされています。
マスバランス方式とは?バイオマスナフサ活用の鍵
バイオマスナフサの実用化において欠かせないのが「マスバランス方式」(物質収支方式)という考え方です。
マスバランス方式の仕組み
マスバランス方式とは、バイオマス原料と石油由来原料を混合して製品を製造する際に、投入したバイオマス原料の量に応じて、製造された製品の一部に「バイオマス由来」という特性を割り当てる手法です。
わかりやすく例えると、以下のようになります。
- ナフサクラッカーにバイオマスナフサ10%と石油由来ナフサ90%を投入する
- クラッカーから出てくる製品は化学的にはすべて同じもの(区別できない)
- しかし、製造された製品の10%分に「バイオマス由来」という属性を帳簿上で割り当てる
- その10%分の製品は「バイオマスプラスチック」として販売できる
これは電力の「グリーン電力証書」に似た考え方です。実際に物理的に分離することはできませんが、投入量に応じて環境価値を配分するという合理的な方法です。
マスバランス方式のメリット
- 既存設備の活用:新しい製造ラインを建設する必要がなく、既存のナフサクラッカーをそのまま使える
- 段階的な移行が可能:バイオマスナフサの割合を徐々に増やしていくことで、無理のない脱炭素化が実現できる
- 品質の担保:石油由来原料と混合して製造するため、従来と全く同じ品質の製品が得られる
- コスト管理:全量をバイオマスナフサに切り替えるよりもコストを抑えられる
ISCC PLUS認証:バイオマスの信頼性を担保する国際認証
マスバランス方式でバイオマスナフサを使用する場合、その信頼性を第三者が保証する仕組みが必要です。そこで重要な役割を果たすのが「ISCC PLUS認証」です。
ISCC PLUS認証とは
ISCC(International Sustainability and Carbon Certification)は、持続可能性および炭素に関する国際認証制度です。その中でも「ISCC PLUS」は、食品・飼料・化学品・プラスチックなどの分野を対象としており、バイオマスやリサイクル原料のサプライチェーン管理を認証します。
ISCC PLUS認証では、以下のような項目が審査されます。
- 原料の持続可能性(違法伐採や環境破壊に関与していないか)
- 温室効果ガスの排出削減量
- サプライチェーン全体のトレーサビリティ
- マスバランス方式による帳簿管理の正確性
ISCC PLUS認証を取得していることは、その企業がバイオマス原料を適切に管理し、環境への貢献を正しく主張していることの証明になります。日本では三井化学グループが2021年にISCC PLUS認証を取得し、国内化学メーカーとして先駆的な存在となっています。
日本における主要企業の取り組み
バイオマスナフサを活用した取り組みは、日本の化学・石油業界でも急速に広がっています。ここでは主要な企業の事例を紹介します。
三井化学:日本初のバイオマスナフサ導入
三井化学は、日本で初めてバイオマスナフサを使用したバイオマスプラスチックの製造を開始した企業です。2021年5月、フィンランドのNeste社および豊田通商との3社で売買契約を締結し、同年12月から大阪工場のエチレンプラント(クラッカー)にバイオマスナフサを投入しています。
三井化学はISCC PLUS認証を取得しており、マスバランス方式によってバイオマスポリプロピレン(PP)やバイオマスポリエチレン(PE)などを製造しています。自動車部品や食品包装など、幅広い分野でバイオマスプラスチックの供給を拡大中です。
出光興産:グローバルなサプライチェーン構築
出光興産は、Neste社、台湾の奇美実業(CHIMEI)、三菱商事の4社でバイオマスプラスチックのサプライチェーンを構築しました。2023年前半からバイオマススチレンモノマー(SM)およびバイオマスプラスチックの製造を開始しています。
また、丸紅およびOPTC(Oriental Petrochemical Taiwan Corporation)との3社で、バイオマス高純度テレフタル酸(PTA)のサプライチェーンも構築。PETボトルなどの原料となるPET樹脂のバイオマス化にも取り組んでいます。
豊田通商:調達ネットワークの要
豊田通商は、商社としてバイオマスナフサのサプライチェーンにおいて重要な役割を担っています。Neste社からのバイオマスナフサ調達を仲介し、三井化学への安定供給を実現しました。日本初のバイオマスナフサによる国産バイオマスプラスチックのサプライチェーン構築の立役者です。
PSジャパン:国内初のバイオマスポリスチレン
PSジャパンは2023年にISCC PLUS認証を取得し、国内ポリスチレンメーカーとして初めてマスバランス方式を採用したバイオマスポリスチレンの出荷を開始しました。食品容器やトレーなどに使われるポリスチレンのバイオマス化を進めています。
世界のバイオマスナフサ市場:主要プレーヤーと動向
Neste(ネステ):世界最大のバイオナフサ供給者
フィンランドに本社を置くNeste社は、バイオマスナフサ市場で約38%のシェアを持つ世界最大のプレーヤーです。植物油廃棄物や残渣油を原料に、100%バイオマス由来のナフサを製造しています。
シンガポールの既存施設を拡張し、年間100万トンの生産能力増加を計画しています。欧州とアジアの化学メーカーへの供給を拡大しており、日本市場でも三井化学や出光興産への供給を通じて存在感を高めています。
その他の主要プレーヤー
| 企業名 | 本拠地 | 特徴 |
|---|---|---|
| Neste | フィンランド | 世界シェア約38%。シンガポール拡張で生産能力増強 |
| Diamond Green Diesel | アメリカ | 北米最大級のバイオ燃料メーカー。副産物としてバイオナフサも生産 |
| UPM Biofuels | フィンランド | 製紙大手UPMのバイオ燃料部門。木材由来原料に強み |
| Shell | オランダ | 石油メジャーとしてバイオ燃料事業にも注力 |
| Eni | イタリア | 欧州のエネルギー大手。バイオリファイナリーを展開 |
市場規模と成長予測
バイオベースナフサの世界市場は、2024年時点で約9億2,500万ドルと評価されています。2025年から2034年にかけて年平均成長率(CAGR)13.5%で成長し、2033年までに約29.1億ドルに達すると予測されています。
欧州では35億ドル規模の投資がバイオベース化学品インフラに配分されており、2030年までにバイオナフサの供給量を25%増加させる計画が進んでいます。
バイオマスナフサの価格動向と今後の見通し
バイオマスナフサの価格動向と、今後期待される価格低下の要因を整理します。
| 項目 | 石油由来ナフサ | バイオマスナフサ |
|---|---|---|
| 価格水準(参考) | 600〜800ドル/トン程度 | 2,000〜3,200ドル/トン程度 |
| 価格変動要因 | 原油価格に連動 | 原料調達コスト、需要と供給のバランス |
| 今後の見通し | 横ばい〜緩やかな上昇 | 供給拡大に伴い低下の見込み |
脱炭素を重視するブランドメーカーや消費財メーカーを中心に、バイオマスナフサへの需要は着実に拡大しています。企業がサステナビリティ戦略の一環として積極的にバイオマス原料への切り替えを進めていることが、市場成長の大きな原動力となっています。
今後、SAF(持続可能な航空燃料)の製造が本格化すると、その副産物としてバイオマスナフサの供給量も増加します。2030年までに国産SAFプラントの稼働が進めば、バイオマスナフサの価格低下と安定供給の実現が期待されています。
バイオマスナフサの活用が広がる分野
バイオマスナフサから製造されるバイオマスプラスチックは、さまざまな分野で活用が広がっています。
食品包装
食品トレーやフィルム、ペットボトルなどの食品包装材は、バイオマスプラスチック導入の主要ターゲットです。消費者の環境意識の高まりに応える形で、大手食品メーカーや小売企業が積極的に採用を進めています。
自動車部品
バンパーやダッシュボード、内装材など、自動車に使用されるプラスチック部品もバイオマス化の対象です。三井化学のバイオマスPPは自動車メーカーへの供給が始まっています。
化粧品・日用品
化粧品の容器やシャンプーボトル、洗剤容器など、日用品のパッケージにもバイオマスプラスチックの採用が広がっています。サステナビリティを重視するブランド戦略の一環として導入されるケースが多く見られます。
電子機器
スマートフォンやパソコンの筐体、家電製品のプラスチック部品にもバイオマスプラスチックの活用が検討されています。製品のライフサイクルCO2削減に貢献する素材として注目されています。
バイオマスナフサの今後の展望
バイオマスナフサの将来について、いくつかの重要なトレンドを整理します。
SAF副産物としての供給拡大
持続可能な航空燃料(SAF)の世界的な需要増に伴い、SAF製造の副産物としてバイオマスナフサの生産量も増加する見込みです。日本では2025年以降、大手石油精製メーカーが国産SAFの製造を開始しており、これに伴うバイオマスナフサの国内供給量は2030年までに最大12.6万トンに達する見通しです。
ケミカルリサイクルとの連携
バイオマスナフサの活用は、ケミカルリサイクル(廃プラスチックを化学的に分解して原料に戻す技術)との組み合わせでさらに効果を発揮します。バイオマス由来原料とリサイクル原料の両方を活用することで、化石資源への依存をより大きく減らすことが可能です。
原料の多様化
現在はNeste社を中心とした廃食用油由来のバイオマスナフサが主流ですが、今後は藻類油や農業廃棄物など、より多様な原料からの製造技術が実用化されると期待されています。原料の多様化は、供給の安定性向上と価格低下の両面でプラスに働きます。
規制と政策の後押し
EUではバイオマス原料の使用を義務付ける規制の強化が進んでおり、日本でも2050年のカーボンニュートラル宣言を受けて、バイオプラスチックの導入促進策が整備されつつあります。政策的な後押しにより、企業のバイオマスナフサ導入はさらに加速する見込みです。
バイオマスナフサに関するよくある疑問
バイオマスプラスチックと生分解性プラスチックは同じ?
異なるものです。バイオマスプラスチックは「原料がバイオマス由来」であることを意味し、必ずしも生分解性があるわけではありません。バイオマスナフサから作られるポリプロピレンやポリエチレンは、石油由来のものと化学的に同一であり、生分解はしません。一方、生分解性プラスチックは「微生物によって分解される」という性質を持つプラスチックで、石油由来のものもあります。
食料との競合は問題にならない?
バイオマスナフサの主な原料は、廃食用油や植物油の残渣など「非食用」の資源です。食用油そのものを原料とするケースもありますが、業界全体として食料との競合を避ける方向に進んでおり、廃棄物や残渣の活用が主流です。ISCC PLUS認証でも、原料の持続可能性が審査対象となっています。
バイオマスナフサ由来の製品はどう見分ける?
マスバランス方式で製造されたバイオマスプラスチックは、物理的には石油由来のプラスチックと全く同じです。見た目や性能では区別できません。ISCC PLUS認証に基づく帳簿管理によって、バイオマス属性が追跡・証明される仕組みになっています。
まとめ:バイオマスナフサの要点整理
最後に、バイオマスナフサの重要ポイントを表で整理します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 定義 | 動植物由来の再生可能資源から製造されたナフサ |
| 主な原料 | 廃食用油、植物油残渣、トール油、動物性油脂 |
| 製造方法 | 油脂の水素化処理により炭化水素に変換、蒸留・分離 |
| CO2削減効果 | 石油由来ナフサ比で最大85%以上削減(ライフサイクル評価) |
| 既存設備での利用 | 可能。追加投資なしに既存のナフサクラッカーで使用可能 |
| 品質 | 石油由来ナフサと同等。製品の品質に影響なし |
| 管理手法 | マスバランス方式(ISCC PLUS認証で信頼性を担保) |
| 価格の見通し | SAF副産物としての供給増加により今後の低下が見込まれる |
| 世界市場規模 | 2024年約9.25億ドル → 2033年約29.1億ドル(CAGR 13.5%) |
| 日本の先駆者 | 三井化学(2021年、日本初の商業生産開始) |
バイオマスナフサは、既存のインフラを活用しながら化学産業の脱炭素化を進められる、現実的かつ有力なソリューションです。SAF副産物としての供給増加や技術革新、政策的な後押しにより、今後ますます普及が進むと考えられます。プラスチックを使わない生活ではなく、「使い方を変える」ことで持続可能な社会を目指す。バイオマスナフサは、その変革の出発点です。














